独立を志す場合、サラリーマンのときよりも多くの給料を取れるようにはなっていたいと思う。なぜならば、サラリーマンには見えないものまで経費がかかっているからだ。例えば、社会保険である。これは半分会社が負担してくれている。これが独立した場合は全額自己負担である。負担が倍になるというよりも給付が半分になると考えた方が良い。
◇雪原を80キロ 絵画に刻む“記憶”
曇天の下、真っ白な雪原に連なる人の影。ある者は後方の今にも倒れそうな者と命綱で結びあう。残った足跡が、積雪の深さを物語る。旧ソ連により抑留された山岡稔典(としのり)さん(88)=神戸市東灘区=が描いた絵だ。これだけは知っておきたい練馬一戸建てをを掲載しました。日本人捕虜約1000人がシベリアの強制収容所へ向かう「死の行軍」。66年前、この集団の中に山岡さんもいた。
学生時代に絵画を学んだ山岡さんは、約2年間の抑留生活中に収容所から見た「シベリア」をスケッチしていた。作品の大半は日本に帰還する際ソ連に没収されたが、帰国後も記憶を呼び戻して描きためていった。
1944年に朝鮮半島へ出征。翌年、将校に任官された直後に終戦を迎え、上官から「おまえはソ連に行く」と言い渡された。収容所は、モスクワの東約800キロ先のウラル山脈西側にあるエラブカ。山岡さんが「抑留中、最も命の危険を感じた」というのが、この収容所へ向かった、冒頭の「死の行軍」だ。
45年10月、シベリア鉄道で移送された日本人捕虜約1000人の一団が、同鉄道支線のキズネール駅に降り立つと一面、雪に覆われていた。ここから80キロ先の収容所まで、4日かけて歩く「行軍」が始まった。世界最大の港区一戸建てとで変わる
猛吹雪の中、手足が凍傷となり倒れる者が後を絶たなかった。山岡さんも深い雪に足を取られ、転ぶごとに疲れが増していった。雪の上に倒れ込むと心地よかったが、このまま眠ってしまえば凍死してしまう。後ろから来る者も起こしてはくれず、蹴飛ばすのがせめてもの親切だった。
食事は1日2杯の粥(かゆ)だけ。途中の村で少女と出会い、持っていた鉛筆、タオルを黒パンと交換した。宿舎の倉庫に着いたのは深夜。寒さで眠れなかった。4日目に、収容所近くの丘に着いた時の「喜びは例えようがなかった」。これから過酷な抑留生活が始まるというのに。今こそ着手すべき茨城一戸建てを調べよう
47年11月に帰国後、戦前に入社した百貨店「大丸」に勤務しながら、抑留生活の様子を描いた。50年ごろに描いた「死の行軍」のほか、輸送貨車内の様子、収容所での入浴、配給された黒パン、演芸会の模様……。収容所の鉄条網から見える情景を描いた05年の作品「望郷」は昨年、抑留者の引き揚げ船が着いた京都府舞鶴市の「舞鶴引揚記念館」に寄贈した。
当時、ソ連側は抑留者が収容所での生活を記録したメモや日記などを日本に持ち帰ることを許さず、写真もほとんどないため、山岡さんの作品は抑留の実態を知るうえで貴重な資料だ。
しかし、山岡さんは、もう絵筆を握ることはない。妻喜代子さん(81)によると、一昨年に収容所で一緒だった戦友が亡くなってから、すっかり元気をなくしたという。記憶も薄れがちで、記者の取材も、間に喜代子さんに入ってもらってしのげた。山岡さんの姿は、平均年齢が88歳と推計される元抑留者の今を象徴しているかもしれない。
それでも、絵画を見つめると、必死に描いた当時の記憶がよみがえってくるという。山岡さんは以前に書いた手記を見せてくれた。4つの視点で考える川口in 一戸建てというヤツがそこには「生は死より遥(はる)かに難しく苦しいものであるが、耐えて生きればまた楽しいものであろう」とあった。【村上正】=つづく
〔神戸版〕
8月12日朝刊
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但馬地域づくり懇話会が11日、但馬長寿の郷(養父市八鹿町)であった。井戸敏三知事と但馬3市2町の首長らが意見交換した。豊岡市の中貝宗冶市長は県立大大学院の豊岡市内設置を訴えた。井戸知事は「できる限り早く設置すればよい」と答え、支援を約束した。
大学院はコウノトリやジオパークの研究者育成が目的。県立コウノトリの郷(さと)公園(豊岡市祥雲寺)内に数年内の設置を求めた。
中貝市長は公立豊岡病院内に周産期医療センターの開設も要望した。井戸知事は「県としても協力したい」と答えた。
県立高校普通科の通学区域(学区)見直しで、北但と南但の学区を統合する案については、反対意見が相次いだ。水曜日の仙台一戸建てなら井戸知事は「皆さんの意向を県教委に伝える」と述べた。
日本海側の津波対策では、井戸知事は「想定外の対応をきちっとしたい」と述べた。【吉川昭夫】
〔但馬版〕
8月12日朝刊
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